
商品詳細
発行年:1972
サイズ:14.8×21 cm
発行:Galerie Schmela
コンディション
経年並
注意事項
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店主よりコメント
1972年、定員超過の受験者全員を受け入れようとしてアカデミーを追放(解任)されたボイスを支え、自作の丸太舟でライン川を渡り校舎へと送り届けたのが、このアナトールでした。
カード表面でヘルメットを着用し、バイクに跨ってアカデミーの重厚な廊下を疾走している人物が、アナトール本人です。写真下部には「Kunstakademie D'dorf, Ölerus im Sturz(デュッセルドルフ芸術アカデミーにて/急襲するエレウス)」という手書き風のテキストが印刷されています。
当時のデュッセルドルフ芸術アカデミーにおいて、教授だったヨーゼフ・ボイスは「誰もが芸術家である」という理念のもと、大学側の入試選考で不合格とされた学生たちを自身のクラスに全員受け入れるという直接行動に出ました。この「大学占拠」と権威への異議申し立てが大学当局や州政府と激しく衝突し、1972年の衝撃的な教授職解任劇へと繋がっていきます。
現役の交通警察官でありながらアカデミーに入学したアナトールは、警察官という現実社会の職務と職人的な手仕事の技術をあわせ持つ存在でした。ボイスはその異質な背景と実直さを高く評価し、二人は単なる師弟を超えた特別な信頼関係を築きました。
ボイスの没後もその「社会彫刻」の思想を愚直に実践し続けたアナトールは、晩年、自然と芸術が共生する「インゼル・ホンブロイヒ美術館」の敷地内にアトリエを構えます。市場の商業主義から距離を置き、広大な敷地で木や石を削りながら人々が集い対話する空間を作り続けたその佇まいは、まさにボイス精神を最期まで体現し続けた正統な「愛弟子」と言える存在です。
ちなみに・・・
発行元の「ギャラリー・シュメラ(Galerie Schmela)」は、1957年にアルフレッド・シュメラによって設立され、ヨーゼフ・ボイスやZEROグループなど戦後欧州の前衛美術を牽引した伝説的ギャラリーです。ボイスが歴史的デビュー個展『死んだウサギに絵を説明する方法』(1965年)を行った場所としても知られ、20世紀後半の概念芸術の聖地と言える存在です。
清里現代美術館は、公立中学校の美術教師である伊藤信吾さんが兄弟の協力を得て1990年に設立、2014年に閉館しました。その後、2017年に伊藤さんが亡くなって、伊藤さんの元教え子で、設立スタッフ、バックサイドスタッフだった店主が、遺族から美術館の蔵書資料を預かって、このSHOPやNPOを運営しているのですが・・・・この伊藤信吾さん、美術館のために尽力され海外に赴くことは生涯ありませんでしたが、このインゼル・ホンブロイヒについては度々言及しており、行ってみたかったんじゃないかなと思っています。ボイスコレクションの中に2枚発見したので。こちらでご紹介することにしました。
¥11,000 ($70.54)
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