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2022/03/05 14:41

世界の情勢がとても危ういバランスの上にあると認識させられる昨今。
メンタルが落ちてアイテムの整理に手が付けられない日々を送ってしまっています。
楽しみにお待ちくださっている皆様申し訳ありません。


そんな中、昨日東京からお客様がみえて、整理できていない在庫をご覧いただきながらお話をしました。
ご縁ある方との良いコミュニケーションの生む熱量は、人を癒し励まし前進する力をいただける、
また交換する行為なのだなあと・・・遠方からの来訪を心から感謝しました。
視えない何かの恐怖に陥って動けないという私のこの状況こそ、今の世界の状況作っている一因であるとも。
何か大きな事をを成し遂げられるわけではありませんが、自分に今できることを着実に一歩一歩進めていこうと思います。

私が清里現代美術館の立ち上げに関わった1991年には、まだ東京都現代美術館もなかったものですから、
現代美術という言葉が日本の中に十分周知されておらず、電話口で何度も確認したにもかかわらず、
「清里近代美術館」御中というような封書が届く時代でした。

ディレクターの伊藤信吾氏が亡くなって、蔵書類を預かって整理し始めると、伊藤さんは論評を書くようなことは
あまりしませんでしたけれど、収集という行為を通して現代美術を解釈しようとしていたのだと思うようになりました。
フォンタナ、マンゾーニ、イヴ・クラインの資料は結構な資料が収集されていました。
それまでの美術の概念を拡張した作家達です。
マルセル・デュシャン、ミニマル、コンセプチュアル、・・・
書籍はもちろん、LP やオートグラフ、そしてインヴィテーション・カードなどのエファメラ類。
今、ようやく注目されるようになったエファメラではありますが、その在庫資料が膨大なのは、
清里現代美術館が、伊藤さんの教員としての収入を全投資して支えていた私設の美術館であるという経済的な理由が大きいと思います。
でもその一方コレクションのコンセプト形成は強固な意思と確信が伊藤さんにあってのことだと思います。
私の仕事は資料整理を通して勉強しながら伊藤さんの思考の足跡を遅れて辿る旅のようです。

昨日みえたお客様との会話の中で、エファメラの稀少性についてお話を伺っていた際に、私の中で少し気づきがあったので
書き留めておきたいと思いました。

小さい頃都心で育った私は、遠足で郊外にバスで行った際、溢れる樹々の緑に感動して、
世界中の葉っぱを数えたい!と無邪気に思った・・・という笑い話があります。
数えたいという欲求と、そうか、把握はできないのだ。多様で複雑でそれぞれで良いのだ。
とその欲求はいつの間にか消失しましたが・・・エファメラはそんな葉っぱの有り様そのものです。

アーティストが世に放っていく作品は、どの時代でも常に新しい概念、そして可能性を投げかけてくれるものです。
コンセプチュアル、概念美術といった形を伴わないアートに進化してゆき、
またヨーゼフ・ボイスが社会彫刻、拡大された芸術概念というものを打ち出してくれています。
これらは今、とても評価される時代になりました。

取るに足らないエファメラが今注目されているのは、コンセプチュアルアートや拡大された芸術概念という過程を経て来たからこそ。
アーティスト達も実存しない概念を留め記録するには、このエファメラという媒体が必要不可欠だったからだと思います。

現実の私たちの世界を構成するの事象はとても複雑に絡み合っていて、解決するのはとても困難と思われていることが多い。
でも、まだ現代美術という言葉が認識されていない時代に、コンセプチュアルアーティスト達が創造した
作品を今私たちは観ています。存在し、評価されている事を知っている。
また無力であると怯えてしまっている私のような一個人でも、社会彫刻を構成する一人です。

War is over, if you want it...
この言葉の概念を自分の範囲で構築し実現に向けて身体を使うことは、田舎のおばさんである私にも今できること。
皆様も、どうぞそれぞれが思い描く美しい世界の概念を脳内で構築していただけましたらと存じます。

祈りを込めて
店主 廣瀬