
商品詳細
発行年:1993 見返しに直筆のドローイング サインあり
発行:Heidelberg Staeck 1993
言語:独語
装丁:ハードカバー 布装丁 ダストカバー
サイズ: 18.3×25.7×1.1cm
コンディション
中古 経年並
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注意事項
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店主よりコメント
Edition Staeckから出版されたペンクのアーティストブック。
店主は『ヘドウィグ・アンド・アングリーインチ』(映画やミュージカル)。の物語がなぜかとても好き・・・主人公ヘドウィグは、「東ドイツ(ソ連の影響下にあった共産主義体制)」で幼少期を過ごしました。監視の目を盗んでまで西側のロックに魂を救われた・・・それが物語ではなくて、そこに実在した一人のカリスマ。それがA.R. ペンクです。
彼は、政府が認める「優等生な絵」を描くことを拒み続け、展示も販売も禁じられた「筋金入りのアウトサイダー」でした。ゴミ集めをして食いつなぎながら、偽名(コードネームA.R.ペンク 本名は*ラルフ・ヴィンクラーRalf Winkler)を使って西側へ作品を密輸し、表現の自由を勝ち取ろうとしました。その姿は、まさにヘドウィグの魂の兄弟とも言えます。(そういえばヘドヴィクもハンセルの名を変え身体の形や性別も変えていたっけ)
この本『Mein Protokoll(マイ・プロトコル)』は、1980年に国を追放(亡命)され、後に壁が崩壊した後の1993年に出版された、彼の闘争の「議事録」です。
タイトルの「ビッターフェルト会議」は、かつて東ドイツ政府が芸術家に「労働者のために描け」と強制したスローガンを皮肉ったもの。ペンクは、誰にでも描ける「棒人間(ストック・フィギュア)」や記号を「暗号」として使い、複雑な支配システムをハッキングしようとしました。
この本には見返しに遺された「1ページ丸ごとの直筆鉛筆ドローイング」があります。
アンゼルム・キーファーらと共に、剥き出しの感情をぶつける「新表現主義」のスターとなったペンク。その「一点物の肉筆」。
でも、同時代のミニマリズムが余計な装飾を削ぎ落として「物質の本質」に迫ったように、ペンクもまた、人間や社会の複雑なダイナミズムを、誰にでも描ける最小単位の記号(棒人間、十字、矢印など)へと研ぎ澄ませました。
それは単なる絵画ではなく、混沌とした世界を読み解くための「視覚的なOS」を構築しようとする、極めて知的な試みだったのです。そして、ミニマルとは違ったのは棒人間という人そのものだったという点。新表現主義がミニマルやコンセプチュアルと同時代に生まれたのは、人類が「思考」だけに偏りすぎたことへの、本能的なバランス調整(進化の揺り戻し)だったのかもしれません。ペンクは、バゼリッツやキーファーのような「新表現主義(熱い絵画)」の旗手でありながらも、その脳内は驚くほどコンセプチュアルで論理的でした。
それを裏打ちするようなこの本
1ページに一枚(片面にのみ)、原色でカラフルなドローイングが詰まっています。まさにペンクのアーティストブック。最初の前書きの部分も、ペンクの筆跡のままのテキストでボリュームありです。
本を出版したクラウス・シュテック(Edition Staeckは、ヨーゼフ・ボイスのポストカードやポスターでボイスの思想を世界中に「分配」した最大の拠点です)とペンクは熱い信頼関係で結ばれた盟友でした。
そして!クラウス・シュテックをキーワードに見ると、同じく原色使いのローレンス・ウェイナーとの共時性が匂う・・・
あと、キース・ヘリング本人もペンクの影響については言及しているのですが、東ドイツ出身のペンクの棒人間・・・NYであの形に昇華された???などなど。
ペンクは日本ではあまり紹介されることは少ないですけれど、とても重要なアーティストなのです。
¥231,000
※この商品は1点までのご注文とさせていただきます。